嫌われる勇気はどんな本?あらすじとツッコミどころを解説!

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鳴屋ひるね
鳴屋ひるね

はじめまして!
10年遅れで「嫌われる勇気」を呼んだ、鳴屋ひるねと言います!

この記事では、「嫌われる勇気」の概要とツッコミどころについて解説したいと思います!

ヒットしていた通り基本的に素晴らしい本なのですが、鳴屋は初めて手に取った時「何この本…」と思ってしまいました。
また、病気などの当事者が読むと「うーん…」と感じるような表現もあるので、ちょっと怖いなと思う方は、この記事を読んで実際に読むかどうかを検討してみてください。

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あらすじ、概要

この本は、「自分に自信がなくて人と比べてばかりの青年」が哲学者と議論する対話形式で話が進んでいきます。
この青年が結構くせものなんですが、それはまた後で。

まずは、この本にたくさん詰まっている「人生がめっちゃ楽になる考え方」の中から、
鳴屋が「これは広めたい!」と思ったものをギュっと絞ってまとめました。

鳴屋ひるね
鳴屋ひるね

鳴屋なりのまとめ方をしている部分もあるので、
読める人はぜひ本を読んでみてください!

「できるようになったら」じゃなくていい

人生を「登山」や「物語」ととらえると、人生のほとんどは「途上」になってしまうけれど、
人生を「旅」ととらえれば、(最短距離で行ってすぐ帰る旅なんてないように)道中も全てが「旅」になる。

だから、人生に物語はいらないし、毎日楽しんで生きればいい
『ほんとうはこれがしたいけど、やるべきときがきたらやろう』とか、目標のための準備期間なんて作らなくてよくて、
舞台で踊るダンサーのように、ダンスを踊っている「いま、ここ」「今この瞬間」を充実させて、本番だと思って生きて良い。

そうすれば、人生は毎日完結する。

ダンスにおいては、踊ることそれ自体が目的であって、ダンスによってどこかに到達しようとはだれも思わない。(中略)
そうして生きていたら、いつの間にか「こんなところまで来ていたのか」と気づく。(中略)

過去にどんなことがあったかなど、あなたの「いま、ここ」には何の関係もない。未来がどうであるかなど「いま、ここ」で考える問題ではない。

人は、いまこの瞬間から幸せになることができる。

この先自分が「変わるのか」「変わらないのか」は、自分で選ぶことができる。

性格は自分で選んだ「世界観」であって、「不幸であること」「自分を好きになれない状態」は自分で選んでいるってこと。
だから、「幸せになる勇気」を持って「今の考え方」「自分の生き方」を変えれば、過去や環境とは関係なく楽になることができる

自己受容・・・『大切なのは何が与えられているかではなく、与えられたものをどう使うか』

例えば、テストで100点中60点を取った時に、結果をそのまま受け入れて「じゃあ100点に近づくにはどうしたらいいか」を考える。それが「自己受容」。
「何が与えられているか」は変えられないけれど、「与えられたものをどう使うか」は自分の力で変えることができる。
そうやって自分と付き合って、変えられるものについては変えていく勇気を持とう。

劣等感は主観的なもの。自分の中で進もう。

自分がコンプレックスだと感じていることも、相手は「親しみやすい」と思っていることがある。
だから、「劣等」なものは存在しなくて、自分の解釈次第で長所だと思うことも、短所だと思うこともできる。

また、健全な劣等感は「他人との比較」ではなく「理想の自分との比較」から生まれるものなので、「今の自分よりも1歩前に進もうとすることに価値がある」
そこには上下はなくて、みんな同じ平面の上を、自分なりの方向に進んでいる状態なんだ。

あらゆる競争から自由になっていい。

競争は劣等感を生む。そうすると、他者全般、ひいては世界全体が「敵」だと見なすようになる(p96)

鳴屋ひるね
鳴屋ひるね

p96からの内容は、
「他人の目が気になる人」「世界が怖いと感じている人」に特におすすめです!

人々はいつも自分を子バカにしてせせら笑い、隙あらば攻撃し、陥れようとしてくる油断ならない敵なのだ、世界は恐ろしい場所なのだ

と感じるかもしれないけれど、そう思わなくて大丈夫。

「みんな自分の味方!」と思って良い。
そうすればそこが居場所になるし、「他人の幸福」を「=わたしの負け」じゃなく「仲間の幸せ」と感じることができる。

『嫌われる勇気』ではこんな風に、「周囲の人を味方と考える」価値観がたくさん登場します。
考え方を変えるのには時間がかかるとも言われていますが、自分なりに消化できればかなり生きるのが楽になりそうです。

課題の分離

「勉強をやらない子どもに向き合う時」「引きこもりの支援」「他人の評価が気になる時」には、『課題の分離』が役に立つ。

本文ではたくさんの具体例と共に紹介されていますが、ここでは概要だけ。

子どもと向き合う時

子どもと向き合う時には、

「誰の課題なのか」「結果を引き受けるのは誰か」を考えて、他者の課題には踏み込まないこと。

が大切だと明言されています。
つまり、「言ってくれたらできる限りの支援をするよ」と伝えて、後は本人の選択に任せるということです。

「馬を水辺に連れていくことはできるが、水を飲ませることはできない」

評価や他人の視線

評価や他者の視線が気になる時は、「気にしなくていい」

助手
助手

気になるから困ってるのに、気にしないなんて言われても…

鳴屋ひるね
鳴屋ひるね

それが、意外と簡単かもしれないんだ!

本文では例がたくさんあげられています。

他人の視線や評価は相手が持つ課題(=相手の考え方で変わるもの)だから、自分は気にしなくていい。
・怒鳴ってくる上司にすり寄る必要はないし、嫌ってくる相手に親切にしたっていい。
 同時に、自分の態度の変化で相手を変えようとしないこと。

・相手が何かしてくれた時に「返さなきゃ」と思わなくていいし、「これだけしてあげたんだから」と思っちゃいけない。
・他者を信じるときには、条件を付けないこと。
相手が裏切るかどうかは他者の課題なので、ただ「自分はどうするか」を考えればいい。

…などなど。

鳴屋ひるね
鳴屋ひるね

ちょっと大雑把に言えば、「自分の範囲だけ気にすれば良い」ってことだね。

特に鳴屋に響いた「課題の分離」は、

自分が正しいと思っても、相手を屈服させようとしないこと

です。

自分が「正しい」と思っていれば、他の人がどんな意見を持っていてもすでに自分の中で完結しているから、相手を攻撃する必要はない。
だから、相手が人格攻撃をしてきたり、ムカつくことを言ってきても挑発に乗らないこと。

鳴屋ひるね
鳴屋ひるね

同様に、『自分がすごいと他人に示す必要もない』という文もあり、
言われてみればその通りなのですが、こうした言葉のおかげでより真っすぐ自分の道を歩める気がしました。

誰かの期待を満たすために生きないこと。

誰かに承認されたり、評価されることを意識していると、最終的に

誰かの期待をなぞる生き方 / 他人の望みを叶える生き方になる。

それはとても窮屈な生き方だし、本文の哲学者さんは

自分が自分の人生を好きに生きてはいけない理由など、どこにもありません。

と断言してくれています。

自分の信じる「最善の道」を選んで、他人がそれをどう評価するのかは、自分では操れないので気にしない
自分をよく思わない人がいても、それは自分の課題じゃないから気にしない

自分を嫌う1人に注目するか、自分のことが大好きな2人に注目するか、その他大勢を注目するか

は、自分で選ぶことができるから。
そうやって生きてOKなんだと、繰り返し述べられています。
(そして、関係を断ちたければハサミで切ってしまってOKとも!)

これは自分勝手になるということではなく、少し前にまとめた『課題の分離』をするということです。
(「課題の分離」は、境界線の本にも載っています)

承認欲求と居場所

承認欲求にとらわれてる人は、実は、他人を見ているようで自分のことしか見ていない。
なぜなら、「わたし」の評価を気にして他人に気を遣ってるから。

人生の主人公は「わたし」だけど、自分も、(他者も、)あくまで共同体の一部。
だから、「この人はわたしに何をしてくれるのか」と考えるんじゃなく、
自分から「相手に何ができるだろう?」と踏み出すことが、自分の居場所を作ることに繋がる。

つまり、

横の関係で行こう。

劣等感も、他人への介入(「勉強しなさい!」って言う親など)も縦の関係から生じてくる。

横の関係で接することが、心地よい世界への近道
例えば…

・学校では偉い人に見えても、人間社会で考えれば先生だって「人間」。
 理不尽なことにはNOと言っていいし、それで壊れるような関係なら最初から結ぶ必要はない。
・会社員も専業主婦も、役割が違うだけで「同じではないけど対等」
・『人は存在しているだけで誰かの役に立っている』ので、「存在に感謝」すること。

青年「御冗談もほどほどにしていただきたいですね!「ここに存在している」だけで誰かの役に立っているとは、いったいどこの新興宗教ですか!」

鳴屋ひるね
鳴屋ひるね

青年はこういう話し方するんだよね…

事故にあった家族がいたとしたら、「今日、命があるだけでうれしい」と思うのと同じで、
理想像から「評価」して「引き算」するのではなく、ゼロから出発して「存在」そのものを喜んで、感謝する
引きこもっている子どもがお手伝いをした時に、「いいから学校に行きなさい」ではなく、「ありがとう」と声をかける。

人は生きているだけで誰かの役に立っているし、生きているだけで自らの価値を実感できる

鳴屋の補足

『嫌われる勇気』では「子どもを褒めてはいけない」と書いているのですが、もしそれを実行する場合、上記のように、「存在を喜んで、それを伝えること」を怠らないようにしてほしいです。

鳴屋は何をしても褒められることなく育った結果、どう見てもすごい結果(学年1位を取ったり)であっても自分を認めることが一切できずに大人になりました。
今は少しずつ改善されていますが、自分を心身ともに追い込んでしまっていたので、あなたの大切な人がそうならないよう愛情表現は忘れずにしてあげてほしいです。

誰かが始めなければならない。
他の人が協力的でないとしても、それは貴方には関係ない。

(中略)
あなたが始めるべきだ。他の人が協力的であるかどうかなど考えることなく。

本のまとめは以上です。
かなり内容は省きましたが、鳴屋が「これ!!これめっちゃ良い!!」と思った部分はお伝えできたと思います!

この先は、鳴屋のこの本に対する意見、感想になります。

ツッコミどころ

青年の性格

鳴屋はこの本を初めて手に取った時、正直、「読むのきついな~」と思いました。
その理由は、

鳴屋ひるね
鳴屋ひるね

青年が面倒くさい性格をしているから…!!

「嫌われる勇気」は、青年と哲学者の会話形式で書かれている本なのですが、この青年が結構面倒くさ…特徴的な性格をしています。

例えば、

それは「悪党になれ」とそそのかす、悪魔の思想だ!!!

~~というのは、強烈な一撃でしたよ!先生、あなたは全く恐ろしい御方だ! 

おやおや、これは議論が危なっかしくなってきましたよ?

ふふふっ、おもしろい、続けてください!(これはちょっとかわいい)

といった感じ。

対話形式のおかげで大ヒットしたのだと思いますが、わたしは読んでいて「うるさいな…」と感じてしまいました。
最終的には「おもしろい人(オブラート)」くらいには思えましたが、わたしにはあんまり合いませんでした。

病気について

この本の哲学者は、赤面症や引きこもりについて厳しい見方をしています。
「病気の方が本人にとって都合がいいから病気のままなんだ」という考え方です。(できるだけ皆さんに衝撃を与えたくなくて、小文字にしています)

哲学者、心理学者としてはすじの通った理解なんだと思いますが、当事者からすると、

鳴屋ひるね
鳴屋ひるね

「人の心とかないんか?」

とちょっと思います。

たしかに、自分が症状を気にしなければ問題のない状態の場合もありますが、
当人にはどうにもできないこともある」ので、当事者の方はあまり真に受けなくていいと思います!(やる気出たけど?って人はそのままで!)

逆に、誰かを支援している人の場合は「この人は何が嫌で症状が出ているのか」という視点で見てみるとわかることがあるかもしれません。

鳴屋ひるね
鳴屋ひるね

でも、「これが嫌だから病気なんでしょ!」とは絶対に言っちゃだめですよ!

助手
助手

病気になるくらいつらいことなら、離れる方が正解に決まってるもんね~

⇩気持ちが病気として現れることについての本⇩

「褒めてはいけない」という言葉

これは、「言いたいことはわかるけど、なんだか消化しきれない」内容です。

特に子どもに対して、

『ほめてはいけない、叱ってもいけない』
『褒めるという行為には、「能力のある人が、能力のない人に下す評価」という側面が含まれている』

という文があるのですが、「偉い!」「すごい!」に込められた意味はたくさんあるんですよね。

例えば、「今日も生きてて偉い」とか、「○○したんだ!」って言う報告に「偉すぎる…!」って同じ目線から返したり。
相手がそれまでできなかったこととか、やるのが大変なことをやっていることに対して「偉い」って言うのは当然じゃないかと。

それと鳴屋は、ほとんど褒められない&愛情表現少なめの環境に生きてきたので、「自分がもし褒められていたら、もうちょっと自分を正しく認識できたのでは?」と感じています。

鳴屋ひるね
鳴屋ひるね

子どもが何かしてくれた時に、「ありがとう」「嬉しい」「助かった」と言う方が良いというのは、完全同意です!

家に一人でも…?

文中に、

きっとあなたも、部屋の中に一人であれば、大声で歌ったり、音楽に合わせて踊ったり、威勢のいい言葉を発したりできるはずですから

という言葉があるのですが、昔の鳴屋はそれすらできない状態だった(そんな行動をとる選択肢がない、そんな行動をとる人を見たことがなかった)ので、「できないわ!」と思いました。(それだけです)

こういう文が書かれるということは、一人でいても他人の目が怖い人は少ないのかもしれませんね。
鳴屋はいわゆる”無意識”に常に「批判する人」がいたので、当時は一人であっても変な行動をとることができませんでした

初めて一人で変なダンスを踊れた日は、めちゃくちゃ嬉しかったです!!

助手
助手

……なんの報告?

鳴屋ひるね
鳴屋ひるね

いや…ほんと、人生で初めてだったからね…

追記

この記事を最初に書いてから、1年が経った鳴屋です。

今では毎日、音楽に体でノったり、踊ったりしています!
基本、身体が(心もけっこう)軽いです!

そろそろダンスをやってみたい、かも…

まとめ

以上、「嫌われる勇気」の概要と鳴屋のツッコミでした。
色々ツッコミましたが、本文の内容はとても勇気づけられるものなので、「自分に合ってるかも」と思った方はぜひ読んでみてください!

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